銅版画
エッチング
B.実践編
腐蝕液に浸ける時間やタイミングなど、自分の絵にあった方法を見つけましょう。
エッチングの技法のみで作った作品
基本の版の準備
すべての技法に共通の、版の準備
●プレートマークを落とす
を、行います。
ドライポイント実践編を参照
腐蝕技法の版の準備
■版の裏に壁紙を貼る
銅版の裏側の防蝕のために、壁紙(ガラスフィルム)を貼ります。
■グランドを塗る
固形のものは銅版をウォーマーで暖めて、ローラー引きします。
液体グランドは、リグロインで適当に薄めて「流し引き」をし、版面を縦にして均一にします。
どちらの場合も、グランドが厚すぎると線を描くとパリパリと太い線に剥がれてしまいますし、逆に薄すぎると、耐酸性が弱くなり、長時間の腐蝕では描画部分以外の所までプツプツと腐蝕してしまいます。
温めたウォーマーの上に銅版をのせ、固形のハードグラウンドを融かす
ローラーで均一に伸ばす
グランドがけを終えた銅版と、固形のハードグラウンド
■グランドを塗った銅版を冷やす(固形グランドの場合)
グランドを乾かす(液体グランドの場合)
いずれの場合も、表面がベタベタしなくなったら描画OKです。
■描画
ニードルで描画する
下絵を転写するときは、ドライポイント実践編と同じく、グランドを塗った銅版の上に、トレーシングペーパーとカーボン紙で転写します。グランドが塗ってあるので、ベビーパウダーをかけなくてもカーボン紙のインクが定着します。ボールペンなど固いもので、あまりに強い筆圧で線をなぞると、ニードルで描く前にグランドに穴が開いてしまうので、程々の筆圧で。
下絵を元に、ニードルで描画していきます。
エッチングの腐蝕のプロセス
ドライポイントはただ引っ掻けば良いだけでしたが、エッチングは特有の腐蝕のプロセスを理解して作業をすすめる必要があります。以下、注意点をまとめてみました。
エッチングの線の太さの変化をつける方法は二つあります。
その1.すべての線描を済ませ、黒ニスで覆っていく方法
まず、1〜4まで、描くべき所はすべて描いてしまいます。
銅版を腐蝕液に10分つけたら、取り出して水洗いをし、黒ニス(止めニス)を使って、1の部分(一番細い線の部分)を覆う。
また銅版を腐蝕液に10分つける。取り出して水洗いしたら、今度は2の部分を覆う。
このように、1,2,3と、薄い描線の部分から順に黒ニスで覆っていき、最後に4の所だけ10分つけます。
結果的に、
- 1の部分=10分の腐蝕
- 2の部分=20分の腐蝕
- 3の部分=30分の腐蝕
- 4の部分=40分の腐蝕
になります。
その2.濃い線から順に描画していく方法
この方法では、まず4の一番濃くする部分のみ描画します。
10分腐蝕液につけたら、3の部分を書き足します。また10分つけ、次は2を書き足し・・・最後に1を書き足して、10分つけます。
結果的に、最初の「その1」の方法と同じように、
- 1の部分=10分の腐蝕
- 2の部分=20分の腐蝕
- 3の部分=30分の腐蝕
- 4の部分=40分の腐蝕
になります。
ただし、こちらの方法のメリットは、黒ニスを使って線を止める作業をしなくてすみます。黒ニスはベタベタするし塗るの面倒くさい!っていう方はコチラの方法がおすすめです。
ただ、慣れないと、濃い部分から描画していく方法は難しいかもしれません。
エッチングの線描の注意点
広い面積の黒はどうすれば?
もう一つの注意点です。
図のような絵を描きたいとします。
真ん中の丸の部分は真っ黒にしたいので、「グランドを全部剥げばいいだろう」と考え、下の図のように、塗ってあるグランドを全部綺麗に剥いだとします。
ディープエッチングになってしまう?
すると、広くそいだ部分は平らに一段低く腐蝕されることになります。
腐蝕した後グランドを取り去り、試し刷りをしてみます。すると、線の部分はシャープな小さい面積の凹部なので、インクが詰まってちゃんと線として刷られています。
しかし、広くそいだ部分は一段低く掘り下げられているものの、真ん中はほぼ平らなので、インクは引っかかりません。
凹部の段差のある部分にインクが引っかかるので、刷られた作品は真っ黒にしたかった部分が、輪郭だけくっきりと、中身はうっすらとグレーの油膜がかかった状態になります。
一番下の図のとおりです。
実は、このように広い面積をざっくり掘り下げるのは「ディープエッチング」といって、立派な技法です。もしわざとやるのなら全く構わないのです。
ディープエッチングについてはこちらのページに詳しく書いてあります。
でも、この場合はもともと真ん中の丸のところは真っ黒にしたかったのですよね。 さあ、どうすれば良いでしょうか。
時間差をつけて描画していく
答えは、「いっぺんに描かずに、時間差をつけて(腐蝕しながら)描画を足していく」です。
まず、図のように一方方向に線描します。この時、あまりに密にしすぎずグランドが半分残っている状態にします。
そして、版を腐蝕液につけます。
一方方向に線描して腐蝕液に浸け、
今度は反対側を描き足す
描画して腐蝕、描画して腐蝕を繰り返す
10分腐蝕したら、今度は反対方向に線描します。
そして、また10分。次は斜めに。また10分。反対方向の斜めに。また10分
…
という工程で、最終的に丸の部分がすっかりグランドが剥がれた状態にします。一度ではなく腐蝕を挟んで数回に分けて描画すること。 さっきと違うのは時間差をつけたので梨地になっていることです。
銅版画で黒というのは、ただ掘り下げられているのではだめで、凹凸でインクがひっかからなくてはだめなのです。
タテヨコ斜めと描画しながら
腐蝕液に浸けて、最終的に
グランドが全部剥がれるようにする
クロスハッチング
このように、線をタテ・ヨコ・ナナメにクロスして描画し、線だけで明暗の調子を出す技法を「ハッチング」とか「クロスハッチング」と言います。
このページに載っている作例を見るとわかるように、エッチングだけでも十全に白から黒への階調が表現できます。
しかし、誰もがレンブラントみたいな絵を描くわけではなし、クロスハッチングなんて私の絵には必要ない!と思われる方も多いでしょう。ここで重要なのは「密に描き込みする時は腐蝕液に浸けながら描き足す」です。
この「時間差」「いっぺんに描きすぎない」の理屈は大切なので、頭に置いておいてくださいね。
受講生銅版作品部分拡大。
線の集積のみで明暗の調子が出せる
クロスハッチング
こちらも使っている技法は
エッチングのみ
■腐蝕の準備
銅版が入る大きさのバットに腐蝕液を入れます。塩化第二鉄は約2倍の水で薄めます。
流しが汚れるのを防ぐため、厚手のビニールなどを引いて置いたほうがいいです。耐酸性のビニール手袋も用意しておきます。
■腐蝕する
ここでは上で説明したエッチング制作のプロセス その1.すべての線描を済ませ、黒ニスで覆っていく方法 に沿って説明します。
描画した銅版を塩化第二鉄腐蝕液に入れます。
写真は永沼版画アトリエの腐蝕バットですが、腐蝕液の上に突き出して見えるのものは、塩ビ板をL字に曲げたものです。これに銅版をのせて腐蝕バットに入れると、真っ黒な液でも誰かがバット内に版をつけていることがわかります。多人数で腐蝕バットを使う時には大変わかりやすいです。
版をまず10分つけて、時間が来たら腐蝕液から取り出し、水洗いする前に「重曹水」につけます。(ジュワッとします。)その後よく水洗いをします。
L字に曲げた塩ビ板
これに銅版をのせて腐蝕バットにつける
上に突き出して見えるのはL字に曲げた塩ビ板
右の2つは塩化第二鉄の入ったバット。
左のバットは重曹水の入ったバットで、
これで版に付着した塩化第二鉄を中和してから水洗いする
■黒ニス(止めニス)を使って線の太さ、深さを変える
10分では、本当にごく薄い線が彫られた状態です。この時点で腐蝕をストップしたい部分があるのならば、、版の水気をドライヤーでかわかしてから黒ニスを塗って、防蝕します。 そこの部分はもう腐蝕しません。
他の部分はもっと太い濃い線にしたいので、また腐蝕液に入れます。
さあ、あとは10分位・・・・・・・
というふうに、腐蝕、黒ニス、腐蝕、黒ニスを繰り返します。
黒ニスで腐蝕をストップしたい線のみ覆い、
更に腐蝕液に浸ける
腐蝕液から取り出したら重曹水で
中和し、よく水洗いする
■腐蝕し終わったら、グランドと黒ニスを取る
一番濃いところの腐蝕が済んだら、終わりです!
最初に灯油で、仕上げに白ガソリン(手に入らない場合はリグロイン)で、版面のグランドと黒ニスを取り去ります。歯ブラシなどで静かにこすると良いでしょう。
■何度でも描き足すことができる
試し刷りをして、まだまだ描き足りなかった!というときは、グランドをもう一回塗り直し、また描画、腐蝕をします。
一度腐蝕を終えて試し刷りした版に、
再度グランドがけをした状態。
このように銅版画は何回も
腐蝕を繰り返す事ができる。
■プレートマークをきれいにする
どうしても腐蝕の段階で、プレートマークがキズついて、少し腐蝕されてしまっています。
刷るときにきれいに出来るように、プレートマークをスクレッパーやバニッシャーできれいにしておきます。
■完成!さあ、刷ってみよう!
刷りの刷りの工程は 刷ってみよう!を参照して下さい。