バッハの幾何学模様、あるいは抽象的なドラマ

2001.09.30

[隠れチャイコの日々]の中で、私は好きな作曲家10人の名前を書きつらねました。で、ふと最近読み返して見ると・・・。あれえ!!バッハの名前がないぞう!バッハ先生の事をすっかり忘れていた。というか、リストの中に入れる対象として考えてなかったんです。

バッハ、この方はどんな作曲家よりも「先生」と呼ぶにぴったりなお方です。先生の曲は、ピアノでもバイオリンでも、楽器練習者は幼少のころから必ず繰り返し弾かされます。ピアニストのバックハウスは「すべての基本は音階とバッハだ」と言ったとか。

学校の音楽の授業でいみじくも「音楽の父」なんて教わりましたよね。ちょっとクレージーなその後の作曲家たちとはワケがちがいます。信仰あつい立派な家庭人、職業人、そして死後何百年も人気絶大な作曲家。かつまた、2人の妻との間に20人も子供をつくったとか、その子供も優れた作曲家がわんさと出たとか・・・。ジャズのアーティスト達も、バッハからインスピレーションを受けて演奏。もう、彼の音楽は彼の音楽というより、モニュメントか世界遺産のように存在しております。

さて、そのようにバッハ先生を認識していたにもかかわらず、私keroはバッハが苦手でした。

理由は・・・、そう、幼少のころピアノでやらされたアレです。「バッハのインベンション」。2声のインベンションと3声のシンフォニア、ですね〜。バイエルやソナチネを終えたくらいの初心者が習うバッハの曲ですが、これに苦しめられた元チビちゃんピアニスト、沢山いらっしゃられるのではないかなあ。

2声のインベンションとは、右手でメロディーを弾きだし、同じメロディーを左手で1小節遅れて弾きだす。そして、途中でメロディーが絡み合ったりもつれたり、それはもう素晴らしい曲なのです。が、ちゃんと弾ければ、の話です。

それまで習った曲はみな、右手がメロディー、左手はそれに合わせて「ずん、ちゃっ、ちゃ」みたいなパターンだったので、この右手と左手が対等に歌いあわねばならない曲は、もう、めちゃ頭混乱しまくり。右手に左手がつられるわ、左手に右手がつられるわ・・・。「こんな曲、脳みそが二つでなくちゃ弾けないっ!!」と私は思ったものです。(^^;)しかし、2声ならメロディーライン二つだからまだ良い方。3声となると、手は2つしかないのにメロディーライン3つ。とても旋律を楽しんで歌う、なんて余裕はありゃしません〜。

以後、私の頭のなかでは「ボリフォニー音楽は苦手!」とインプットされてしまった次第です。

青春時代チャイコ氏にはまりまくったワタシは、ロマン派、つまり19世紀の曲ばかりに心を奪われていました。

「19世紀はオペラの時代」と言ったのはモーリス・ベジャール氏ですが、ようするに19世紀の芸術の「典型」はオペラでした。19世紀には、文学に深く依存したオペラを沢山作ったヴェルディ、ワーグナーがいます。また、オペラをあまりつくらなかったベートーベンもシューベルトもブラームスも歌曲を沢山作っています。この時代は文学や詩が「作家の個性」を強調し、音楽家もそれにインスピレーションを受けて文学的なドラマ性のある作品を作りました。交響曲にも「英雄」とか「悲愴」とか副題がついたりしています。この時代の音楽スタイルが、わたしにとっては大変わかりやすく親しみやすかったのですね〜。

バッハやバロック音楽は、近代的「個性」などと言う言葉からは解放され、言わば「偉大なるワンパターン」、様式、スタイルの上にのっかって小さなミクロコスモスを形成している音楽です。もちろんその音楽の素晴らしさはわかりましたが、どうもワタシは「寝ちゃう」んですね(笑)。20代のころはモーツアルトですら聴きながら「寝ちゃう」ワタシでしたから・・・。

画家の有元利夫さんの画集の中にこんな言葉を発見したのは美大生時代でした。有元さんは芸大時代に、音楽学部の友達からリコーダーを教わって、ブロック・フレーテを吹いていたそうです。「バロック音楽の反リアリズム性、シンメントリカルで簡素で、それでいて実に典雅--そういうすべてが僕にとっては大きな魅力です。曲の作り方から言っても、決して個性的になろうとはしていない。ビックリさせようとか、どうだすごいだろう参ったか、というところがない。(中略)それはまたポリフォニーの魅力でもあります。或る楽器だけが、或いはそれが奏でる旋律だけが、わがもの顔に主役を演じるということがない。(美術出版社『有元利夫 女神たち』より)」

そう、私にとってバロック音楽は具象絵画というより抽象。リアリズムというより反リアリズム、左右対称の非常に美しい幾何学模様のように写ったのです。それは、なんと美しい幾何学模様であることか・・・。

でも、「抽象的」な絵が好きであっても「抽象」は苦手だった私、具象的な作品を描き続けていた私、なんとか自分の「個性」を発見しようとやっきになっていた私は、やっぱり自分はロマン派の音楽がぴったんこよ、とばかり見事に音楽史の真ん中部分だけ切り取って聴きまくっていました。(笑)つまり、モーツアルトよりこっち、ストラヴィンスキーより昔、ってな具合です。

ところがっ、そんな私に最近異変が!

私は2000年にバイオリンを習い初めたのですが、(バイオリン事始めのてんまつはこちらを読んでね。)初学者ですから高いポジション移動などが比較的少ないバロック音楽の楽譜を目にする機会が多くなりました。ピアノと同じくバイオリンでも習いはじめてすぐバッハの簡単な曲などが登場します。

最近ようやくバッハの管弦楽組曲の中の曲とか、無伴奏チェロ組曲をバイオリン用に編曲したものをレッスンできるようになったんですが、いや、その楽譜のまた美しいこと。美しい幾何学模様・・・。でも、実際自分で弾いてみると、なんと音符ひとつひとつにドラマがあることか!けっして脅かし的でなく、文学的なドラマではないんです、美しい幾何学模様、だけどドラマだ!!抽象的な、生の音のドラマと言っていいでしょう。普通の頭じゃ、こんな音符は思いつきません。バッハはやっぱり面白い!と改めて感じました。

そして、バイオリンにハマった私は、インターネットでお知り合いになった方々と初心者弦楽アンサンブルを楽しむようになりました。ファーストポジションで弾ける簡単な合奏曲が主なんですが、そこでバッハの管弦楽組曲の中の「G線上のアリア」として知られている曲を合奏しました。

良く知っている曲なのに、演奏してみるとまたまた目からウロコの新しい発見が。各声部はこのように他と絡み合って、音符はこのようにつながっているのか!!そして第1バイオリン、第2バイオリン、ビオラ、チェロがハモった時の感動。ポリフォニー音楽がこんなにも楽しいものだとは思いませんでした。ピアノでインベンションを弾いて苦しめられていた時には全く考えられない新しい発見です。合奏で弾くバッハは本当に面白い!

今のところ、私にとってバロック音楽は「演奏して楽しい曲。弾ける事を目標としている曲」です。CDを買いに出かけると、やっぱり近・現代の協奏曲や交響曲の置いてあるコーナーに行っちゃいますが、最近は昔はついぞ見向きもしなかった「古楽コーナー」へ足が向くことが多くなりました。

うーん、ワタクシkero、あと5年もしたら、すっかりバロック音楽フリークになってたりして?


KEROのオススメのディスコグラフィー



●グレン・グールドのピアノ「ゴールドベルク変奏曲」

バッハってエキサイティングで面白い!と初めて私に認識させて頂いた名盤、もういわずもがなのグールドの演奏。彼特有の「ぶんぶん」歌ってる声が一緒に入ってます。聴くたびに新しい感動があります。

●アンナー・ビルスマのチェロ「無伴奏チェロ組曲全曲」

バイオリンの無伴奏ソナタ、パルティータより、チェロの無伴奏組曲の方がなぜか好きです。男声で豪放闊達に歌ってる感じがとってもすっとするし、「インベンション」を彷彿させる重音地獄が比較的少ないせいかな?(笑)最近このチェロ組曲全曲をバイオリン用に転調した楽譜を発見、さっそく購入してみたのですが、やっぱり難しい〜(^^;)弾けるようになるにはあと数年を要します。とほほ。

ビルスマさんの演奏はゆったり美しい録音です。日曜日の朝ゆっくり寝床で聴きたいCDだ〜。

●カザルスのチェロ「無伴奏チェロ組曲全曲」

録音は古いけれど、これは音そのものが粒になって飛んでくるような根源的な印象。バッハの曲は「ガボット、ブーレ、メヌエット」などと、ほとんどがダンス曲の形式をとっています。ゆえにバッハの曲はテンポが命!カザルスの演奏も、聴いていると身体が動き出すような演奏です。

●シギスヴァルト・クイケンのバイオリン&ラ・プティット・バンド「管弦楽組曲全曲」

古楽器にはあまり興味がなかったのですが、このCDを聴いてぶっとびました。バッハって楽しい音楽だったのね〜。そう、バッハは宴会の時のバックミュージシャン、ダンスの楽士。みんな、お酒や美食を味わいながら彼の曲をあじわってたんですもん。どの楽器もそれぞれ伸び伸び歌っているのが楽しめます。

●シギスヴァルト・クイケンのバイオリン&ラ・プティット・バンド「ヴァイオリン協奏曲集」

モダン楽器のオーケストラのCDも持ってるんですが、「ドッペル・コンチェルト」などはクイケンの方が断然好き。私にはモダン楽器の厚い編成のオーケストラはこの曲にはちと「うるさく」聞えちゃいます。

この中に収録されている「ドッペル・コンチェルト」は、バイオリンで私が良く弾く曲でもあります。「本当に(美しく)」弾けるようになりたいなあ〜。(^^;)