恐怖の発表会

2002.02.01

バイオリンを始めて、約1年と半年が過ぎたころ。

ユーモレスクやメヌエット、ブーレといったクラシックのポピュラー名曲をレッスンできるようになり、夜な夜な楽しく「きこきこ」とバイオリンをかきならすkero。我ながら、バイオリンを弾く姿もサマになってきた(ような気がする)ので、これまた練習に熱が入るのであった。

ついにこのころ、使っていたバイオリン教本も、鈴木メソッドの第四巻に突入!これは、バイオリンを習っている人なら知っていると思うが、第四巻に入ると、曲が「ザイツの協奏曲」とか「ビバルディのイ短調協奏曲」とか、さらにはあこがれの曲、「バッハの二つのバイオリンのための協奏曲」・・・などが収録されているのだ。

人様に、「アタシ、バイオリンを習っているの。」「そうなの、どんな曲を弾いてるの?」「・・・きらきらぼし。」

・・・と言うよりも、「ナントカの協奏曲を習ってるの!」と言う方がそりゃあもう、格好いいでしょう!!コンチェルト、だよ〜〜。なんたって!こんちぇると〜〜〜!!

ああ、やはり思い切ってバイオリンをはじめて良かったあ!もうすぐあこがれの協奏曲が弾けるぞう!特にバッハ「二つのバイオリンのための協奏曲」は、通称「ドッペルコンチェルト」といい、私がバイオリンを始めた時から目標としていた名曲だ!

なわけで、keroは愛器をかきならしつつ、ほっぺたがゆるみっぱなしの「自己陶酔型バイオリニスト」な毎日を送っていたのであった。

そんな2001年のある日。

いつものようにレッスンを受けにバイオリン教室へうかがった時。先生、「実は来年の1月に発表会をやるんですけれど、ウチの教室は人数が少ないのでね。keroさんにもぜひ出て頂きたいんですが、お仕事の都合はいかがですか?」

・・・え?は、発表会?

わたくしkeroに生涯最大の衝撃が走ったことは言うまでもない。

だって発表会って言ったら、ステージの上で弾くんでしょ?人前で楽器の演奏なんて、四つの時にピアノの発表会に一回出たきりだ。小さい頃はそりゃあ、自分でもやってることの訳がわからなかったから、上がったりしなかったけど、このトシになって小さい子供と一緒にステージで演奏するなんて。緊張してバイオリンを取り落としたり、失神したりするんじゃなかろうか?

「あのお、せ、先生・・・(アセ、アセ)」

「いえね、子供はアンサンブルとかでも譜読みが苦手ですからね、大人の方が一人参加してもらえるととってもいいんですよー。頼りになる方が一人いると違うんですよ〜〜」

「あ、あのお・・・(ひたすらアセ、アセ)」

「みんな、元気良くキコキコ音を鳴らしちゃいますからねえ、大人の方のバイオリンの音色が是非とも欲しいんです!大人になってから始めても、こんなに上手になるってことを、生徒のお母様方にも見せてやってくださいよ〜〜!(^^)」

このときは未だ、自分の頭の中では「仕事が忙しい」「出たくない」等々の言い訳が頭に渦巻いていたのだが、先生に思いっきりヨイショされたためか、はたまた思わず血迷ったためか、次に口をついて出た言葉は「はい、私出てみます!」

・・・・この言葉のために、後々どんなに後悔することになるか、この時のkeroには想像もつかなかったのであった・・・・。

発表会の曲目選び。

発表会ではアンサンブル2曲(ディズニーの主題歌)、みんなで並んで鈴木教本の簡単な曲を斉奏するのが8曲くらい。あと、問題のソロの曲(つまりkero一人で弾くわけね。)がある。

私は悩んだあげく、少し教本を戻って鈴木教本三巻の一番後ろにあるバッハの「ブーレ」という曲を演奏することにした。

これは、元はバッハの「無伴奏チェロソナタ」の中の曲「ブーレ」をバイオリン用に転調した曲だ。私は「無伴奏チェロソナタ」がもう大好きなので、やはり三ヶ月も特訓するなら好きな曲を弾いた方が良い、と考えた。それに、この曲は音程の取り方や移弦が結構難しいので、ヤリガイは大変ある曲だ。・・・いや、もしかしたら、ありすぎるかも・・・(^^;)(^^;)(^^;)

聴いてください皆さん、こんな曲なのよ。ちなみにこれは普通のMIDIファイルで、私の生バイオリンではありませんので安心して聴いてね。(爆)

クリック!


ちょっと教本をさかのぼった曲だから余裕で弾けるかなあ、と思ったのが大間違い。バッハって、やはり音のドラマがあるのよー。ドラマ、ということは、音がジャンプして二弦下に移弦があったり、初っ端からトリル、重音があったり、keroのレベルとしては不安がいっぱいの曲なのだ。

一応卒業したはずの曲なのに、例によって自分の演奏を録音してみたら、「あらら・・・」(^^;)(^^;)(^^;)下手くそ!小学生みたい〜〜〜。

「ブーレ」って一応踊りの音楽でしょ?全然音にリズム感がないというか、もたもたしているなあ。音がチャルメラなのは相変わらずだけど・・・。それに、つい指を押さえるの、弓を返すの、といった運動要素にふりまわされてしまい、音楽がお留守になっちゃってるよー。ちゃんと頭を使って弾いてないのが一目瞭然!じゃなかった、一聴瞭然!

大好きなカザルスのCDなどを聴くと、聴いてるだけで体が動いてくるくらい躍動感があるのだ。うーん、そりゃ、私keroとカザルス様を比較するのは月とスッポンを比較するようなもんで、あまりにも失礼だけどねー。

音色はともかく、せめてここは、フレーズや歌い方だけは大人の音楽性を示したいぞ!おこちゃまと差を付けたいぞ!とkeroは燃えた。

小節の区切り目やフレーズ感の間とかアーティキュレーションだけはきちんとしよう、と決心し、ひたすら3ヶ月間この曲を弾き続けた。

しまいには、ウチの旦那ちゃまからは「もうその曲はやめてくれえエエ〜〜」と悲鳴が出る始末。あーあ、ついに飼い猫に続いて旦那ちゃまにもバイオリンケースを見ただけで逃げ出されるようになってしまったのだ。とほほ・・・。巨匠への道はまことに厳しく、孤独なものである。

しかし、練習の結果、最初はとても弾けないと思われたところも(ちょっとは)出来るようになったりして。「やっぱり一つの曲を三ヶ月も練習するの、ためになるなあ。発表会、出ることにして良かったなあ、やっぱり!」としみじみ思うようになった。何事も経験だ!発表会、どんと来い〜〜〜〜!

・・・と、ここまではかなり強気なkeroだったのだが・・・・。

さて、いよいよ発表会一週間前。リハーサル。リハーサルは本番の会場ではなく、公民館の音楽室で行われることになった。

初めて人前で弾くのじゃ!人前といっても、リハーサルには生徒さんのお母様やお父様くらいしかいないけれどね。しかし、わたくしkeroは先生以外の人の前で演奏を披露したことがないのである。自分の上がり症が大変心配だ。

「いつもの通りに弾けば大丈夫ですよ〜。もう十分上手に弾けてますから、とにかく途中で止まったり落ちたりしなければ平気!自信を持って弾いてくださいね〜〜(^^)」と先生。ああ、その笑顔にのせられて思えば発表会に出ることになっちゃったんだなあ〜。思わず後悔が頭を走るがもう遅い〜〜。

私は何せまだバイオリン歴1.5年生。発表会の出番も5番目。つまり、5番目にへたくそということね。(爆)

はじめの4人はみんな小学校一年生か幼稚園。みんな可愛いいー。とことこ、っとピアノのそばにいってペコリとお辞儀をして、「きこきこ」と演奏する。演奏は・・・やっぱり可愛かったです。

おし!次はわたくしkeroの出番じゃあ〜〜!心臓もバクバクいってないし、頭も冷静!そうだ、たかが子供の発表会だぞ!大丈夫、大丈夫・・・・。と自分に言い聞かせ、ピアノの横に行ってお辞儀をする。

冷静にピアノ伴奏の方に合図をし、格好良く弾き出す。あれ、最初の重音が「ぼよぼよ〜〜〜ん」になっちゃったぞ!肩に力入り過ぎなのか?なんか、右手のコントロールがいつものように効かないぞ!下げ弓のところなんか、音がブルブルいっちゃってるよー。

ひええ〜〜〜。(-_-;)(-_-;)(-_-;)

・・・てなわけで、リハーサルは頭真っ白けのままあっという間に終わってしまったのであった・・・・。

そうなんです、バイオリンは左手(弦を押さえる手)は、バイオリンを支えたりネックに手がかかってたりするので、少々の事では動揺しないんですが、右手(弓を持つ手)はすごく微妙なコントロールを必要とするので、緊張がもろに出てしまうんですなあ〜〜。

そういえば先生からも、「右手を重点的に練習しましょう!緊張しても思いっきり弓が動かせるようにしておきましょう〜〜。」と言われていたような気がするが、ああ、今になってそれが思い出される。

しかし、子供はともかく、中学生や高校生の子たちになると、リハーサルとなるとずいぶん緊張しているように見受けるが、ぜんぜん右手は「ぶるぶる」いってないぞ!なぜなんだろう?

そう、彼らはみんな小さい頃から弓を持ち慣れているからなあ。三歳からバイオリンやってりゃ、人生においてお箸を持つのと同じくらいの時間弓を持ってるわけだ。

いってみりゃ、ずっとお箸を持ち慣れてるニッボンジンと、昨日初めて箸を持ったガイジンさんが、お米を一粒一粒運ぶ競争をやらされてるようなものね。勝ち目ないよん、これじゃあ・・・。

そんなさんざんな演奏だったにもかかわらず、居並ぶお母様がたお父様がたには「いやー、とてもバイオリン初めて一年半とは思えませんね。お上手ですわ〜。」となぜかほめられる。左手の音程はまあまともに取れていたおかげかしら。それとも単純にお世辞だったりして。いや〜〜、本当はもう少し上手く弾けるはずなんですけどね・・・・。(笑)

そんな言い訳は、音楽では全く意味がないのは残念無念。ホントに音楽って大変ね。絵の展覧会なら今までの気に入った作品を並べて、個展中はお酒飲んでりゃいいんだけど。音楽は一発勝負だから、失敗したらそれが実力。本当にプロの方々は大変だとしみじみ思う。アタシは絵描きでよかったなあ。

プロの方々だって、緊張したり上がったりするんだろうけれど、それでもちゃんと弾けるように練習をしているんだから。その練習量たるや、想像以上なんだろうなあ。前に諏訪内晶子さんの本で、コンクール前に風呂に入る時間も惜しんで練習したとか、外国のコンクールで移動中の車の中でも必死の形相で練習してた人を見たとか、恐ろしい話が書いてあったっけ。緊張を克服するため、不安を克服するため・・・それはただただ練習あるのみ、なんだろうなあ、きっと。

・・・いや、しかし、私はプロじゃないんだから。とりあえず今の問題は、情けなくも、子供の発表会でちゃんと弾けるかどうかというレベルの問題なのじゃ〜!

わたくしkeroは熟慮の上、対策を考えた。

●緊張するのはもう仕方がない事として、頭だけははっきりさせておこう。

●音が多少へろへろしても、テンポやフレーズだけはきちんとしよう。

●緊張して右手が固まるのは、身体全体が固まっているためだ。いつものように「自己陶酔型バイオリニスト」をやって、身体全体を柔らかく動かして演奏するよう心がけよう。その方が見た目にも格好いい(はず)だし。

●演奏し終わったら、ポーズを決めて、にっこり笑ってごまかそう。(爆)

そうこうするうちに本番がやってきました!2002年1月のとある日曜日。場所は戸塚・女性フォーラム。200人収容の良く響くホールである。

冠婚葬祭用の黒いワンピースに、1980円で購入したラメ入りカーディガン。胸元には十ウン年前に卒業式用に買ったコサージュ。舞台衣装は万全だ!

旦那ちゃまと友達夫婦が息をのんで見守る中、keroは颯爽と舞台中央へ進み出たのであった・・・・。

・・・・

で、結果はどうだったかって?

いやー、やっぱり頭真っ白けになっちゃいました。やっぱり度胸が足りませんな、わたくし、kero。(^^;)

しかし、とりあえず止まらずに最後まで弾けたので、良かったです。いい経験になりましたです。はい。そして、「演奏し終わったら、ポーズを決めて、にっこり笑う」というのだけは実行できました。(笑)

ちなみに、見に来てくれた友達、および旦那ちゃまのコメント。

友達A「良かったわよ〜〜!!家で聴かせてもらったときより、音がまるくてきれいだったわあ〜〜〜」(ホールの響きが良かったのよね、きっと。)

友達B「keroが弾き終わったとき、オレは結構感動したぜ〜〜。」(にっこり笑ったのが良かったか?)

旦那ちゃま「今度出るときはもっと丈の長いスカートにしなさい。」(足が太くて悪かったね!ぷんぷん。)

他の生徒さんの演奏を聴きながら感じたこと。

バイオリンはやっぱり、技術もさることながら、歌い方が大切だなあ。

どうしても棒立ちになってむっつり弾いている子供は上手にきこえないし、逆に技術に多少の難があっても、表情豊かに楽しそうに弾いている子供は音楽性があるように感じてしまう。

中学生たちが弾いている「モーツアルトの協奏曲」、これだってもっともっと歌があるはずなのに、やっぱり技術に追われてしまっているせいか?(自分のことはさておいて)歌い切れてない子が多いなあ。特にモーツアルトはオペラちっくなカデンツァやフレーズが満載の「粋な」曲なのだ。モーツアルトらしさ、粋な感じを出すためには、きっと子供たちはもっとバイオリン以外の音楽を聴いてみたり、音楽以外の事を経験したりが必要なのかもしれない。

私もこのトシから始めたバイオリン。モーツアルトの協奏曲なんて一生弾けないかもしれないし、こんな長い曲を弾く体力ももうないのかもしれないけれど、短くて簡単な曲でもいいから、歌のある音楽作りがしたいなあ、としみじみ考えた。

だって、歌いたいからこそ、メロディー楽器がやりたかったんだもんね!

そんなこんなではじめての恐怖の発表会は無事終わった。keroは、そう、とっても勉強になりましたです。

しかしやっぱり、こんなことは5年か10年にいっぺんでたくさんかも。久しぶりにトホホなくらい疲労を感じたkeroであった。

これでさんざん旦那ちゃまに悲鳴を上げさせた「ブーレ」は弾かないですむわけだ。やれやれ。やっぱり三ヶ月も同じ曲なんて飽きるもんね。新曲がkeroを待っているぞ!心機一転、がんばろうっ!

次の週、心も軽くバイオリン教室を訪れたkero。会うなり先生、「いや、keroさん、発表会良かったですよ〜〜。(^^)みんな、keroさんの事ほめてましたよ〜〜。アンサンブルでもすごく頼りになったって言ってましたよお〜〜。(^^)(^^)(^^)」

またあ、先生・・・・。この時keroは先生の「○○もおだてりゃ木に登る」大作戦にはっと気づいたのである。バイオリンの先生って、ほめ上手なものなのね。

「さあ、今日からまた次の発表会に向けてがんばりましょうねっ!!次のアンサンブルの曲は何がいいかしらっ!?ソロは何の曲がいいかしら?何が弾けるようになってるでしょうねっ!!」

せ、先生・・・・

もうかんべんしてください〜〜〜〜っ!